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生物多様性

作成: 伊尾木 慶子

■生物多様性
「生物多様性(Biodiversity)」とは、特定の地域または地球全体で多種多様な生物種が生息していることである。地球の誕生から非常に長い歴史の中でさまざまな環境が形成され、生物はそれに適応する形で進化してきた。現在、地球上において約180万種の生物の存在が明らかになっており、未発見のものも含めると3,000万種とも推定される。生物多様性という言葉は1992年の国連環境開発会議(地球サミット)で生物多様性条約(Conventionon Biological Diversity)が批准されたことで、世界的に知られるようになった。生物多様性条約では、生物多様性を(1)遺伝子の多様性、(2)種の多様性、(3)生態系の多様性の3つのレベル(階層)を用いて定義している。(1)遺伝子の多様性は、同じ種の中でも遺伝子の違いによって個体の特徴が異なることであり、集団中に遺伝子の多様性があると環境の変化などに対応できる可能性を高めることが知られている。(2)種の多様性は生態系における生物種の豊富さやそれらの相対的な割合であり、もっとも古くから研究の対象とされてきた概念である。(3)生態系の多様性とは、さまざまな自然環境とその環境に適した生物群集から構成される多様な生態系が存在することであり、熱帯林や干潟など異なる機能をもつ生態系が存在することを指す。
これらの多様性は長い時間をかけて形成されてきたが、人為による環境の改変は産業革命以降に急速に進み、さらに20世紀後半の人口増加や科学技術の進歩により加速している。これにより、現在地球上での第6回目の大絶滅が進んでいると考えられている。生物多様性を保全するため、国際的な枠組みに基づいたさまざまな取組が行われている。

図  3つのレベルの生物多様性

生物多様性国家戦略

日本では生物多様性条約に基づく最初の「生物多様性国家戦略」を1995年に策定し、生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する国の基本的な計画を示した。これまでに数度の改正が行われており、現行の「生物多様性国家戦略2023—2030」は2022年の生物多様性条約第15回締結国会議(COP15)を受けて作成されたものである。また、生物多様性基本法(2008年施行)では、国だけでなく、地方公共団体、事業者、国民・民間団体の責務、都道府県及び市町村による生物多様性地域戦略の策定の努力義務が規定されている。

生物多様性の危機

日本における生物多様性国家戦略のなかでは生物多様性の4つの危機が挙げられている。「第1の危機」は開発や人間活動による生息地の破壊や過剰採取であり、生息地の消失や劣化、過剰な狩猟を含む。これはオーバーユース(overuse)とも呼ばれる。「第2の危機」は自然資源の利用の減少でありアンダーユース(underuse)とも呼ばれる。食料や燃料を持続的に利用する営みは自然環境に「撹乱」をもたらし、里山などの二次的自然を形成してきたが、農林業による人間の自然への働きかけが減少したことにより、そこに生息していた種が脅かされている。「第3の危機」は外来生物や人間が使用する化学物質による影響である。様々なルートで国境を越えて導入された生物は外来種と呼ばれ、捕食や競争を通じて在来種を減少させる要因となっている。また化学物質とマイクロプラスチックなどの影響も「第3の危機」に含まれる。「第4の危機」は気候変動による危機である。地球規模の平均気温の上昇や異常気象の増加による降水量の変化など人間活動に起因すると考えられる、地球規模での環境の変化によりさまざまな種の分布域が影響を受けている。「4つの危機」はそれぞれが独立ではなく互いに関連しあう場合も多い。

生態系サービス

十分な遺伝的多様性のあるさまざまな種から構成される生物群集は安定した生態系の基礎となり、私たちが自然から受けている有形・無形の恩恵である「生態系サービス(Ecosystem services)」を支えている。生態系サービスは一般的に「供給サービス」、「調整サービス」、「文化的サービス」、
「基盤サービス」の4つに分類される。供給サービスとは、食料、木材、水、燃料など有用物の供給に関するサービスである。調整サービスとは、気候の調整や水質の浄化などが含まれる。文化的サービスとは、レクリエーション、文化、芸術、精神性など、自然から受ける精神的なサービスのことである。「基盤サービス」とは他の3つのサービスを支える基盤となり、光合成による二酸化炭素の固定、土壌の形成、窒素やリンなどの物質の循環などが含まれる。こうした人間の福利に深く関わる生態系サービスの概念は生物多様性と経済活動を結びつけるものである。

ネイチャーポジティブ

生物多様性の損失を食い止め、回復させるという「ネイチャーポジティブ」は気候変動の「カーボンニュートラル」に対応する考え方である。2022年のCOP15で採択された「昆明・モントリオール生物多様性目標」ではネイチャーポジィティブが追求され、2030年までの23の目標が示された。2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする目標30by30(サーティ・バイ・サーティ)もその1つである。現在、地球上では陸の17%、海の10%が保全されているが、これを引き上げるために従来の「保護地域」に加えて、民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている「保護地以外で生物多様性保全に貢献する地域
(OECM: Other Effective area-based Conservation Measures)」も加えることが認められた。日本でも目標達成に向けて企業の所有地などを認定する取組が始まっている。また、企業活動による自然資本や生態系サービスの依存と影響を評価し、負荷を低減させる対策を求める目標も盛り込まれた。
2021年に設立された「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD: Taskforce on Nature-related Financial Disclosure)」では自然に関係するリスクと機会を評価・管理・報告するための枠組みをつくり、財務情報として開示することを企業に求めている。生物多様性条約事務局が2020
年に公表した地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)では、ネイチャーポジティブを目指すには従来の自然環境保全だけではなく、財とサービス、特に食料の持続可能な生産や、消費と廃棄物の削減などさまざまな分野が連携して社会変革を達成する必要があると指摘している(藤田2023)。こうした一連の取組により、2030年までに生物多様性を回復軌道に乗せ、2050年のビジョンとして掲げられた「自然と共生する世界」を目指す努力が国際的な協調・協力のなかで続けられている。

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