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環境心理学
環境心理学の定義
環境心理学の初回授業のつかみで用いることが多い鉄板ネタ、プロシャンスキーらによる究極(?)の定義「環境心理学者が研究することが環境心理学である」をはじめとして、多様な学問背景が特徴的である環境心理学徒がそれぞれ独自の定義にもとづき研究しているきらいがある。包摂的な定義としては、羽生(2008)の次の定義が腑に落ちる。「環境心理学とは人間と環境を一つの系(システム)として捉える実証科学である。つまり、特定の環境とそこで行動している人間が互いに影響を及ぼしあう、分けることができない構成単位として考え、その関係を研究する学問である。ここでの環境には、物理的環境だけでなく、社会的・対人的環境や文化的環境を含む。」(羽生, 2008)

ヤーヌスとしての環境心理学
学問としての成立過程において狭義の環境心理学と広義の環境心理学という全く異なる流れを持つこと(太田, 2013)と、その2つの顔が相即不離であることを理解することで環境心理学の本質に迫ることができる。
狭義の環境心理学とは、応用心理学の一分野として環境心理学を捉える見方である。先駆的な研究としては、ゲシュタルト心理学の影響を受けたレヴィンが、人と環境とが相互関連しているひとつの場の構造を「生活空間」と定義し、パーソナリティ(Personality)と環境(Environment)の両方によって人の行動(Behavior)は大きく影響を受け、ある人が主観的に経験するところの心理的環境の全体が「生活空間」であるとする「場の理論」(B=f(P,E))を提唱した。レヴィンは、ナチスによるユダヤ人迫害に伴い亡命したアメリカで社会心理学や環境心理学の礎を築き、その後に続くバーカーやライトらによる生態学的心理学(ecological psychology)や建築心理学(architectural psychology)等の関連領域との離合集散をしつつ、環境心理学は心理学的アプローチを中核とした心理学の一領域となった。
広義の環境心理学とは、人間と環境の関係性に関わる学際的領域としての環境心理学の捉え方である。1960—1970年代に、自然環境の破壊、資源枯渇問題、公害問題、大都市圏への過度な人口集中などの環境問題が顕在化し、その解決のために、様々な学問分野の専門家が集まり、学際的なアプローチでの解決を模索するような動きがあった。1968年にアメリカでEDRA(Environmental Design Research Association)、1982年にヨーロッパでIAPS(International Association for People-Environment Studies)、1982年に日本でMERA(Man-Environment Research Association)がそれぞれ設立された。いずれの学会にも、心理学だけでなく、建築学、社会学、地理学、都市計画学、人間工学、犯罪学等、多様な分野の専門の研究者が参加しており、1つの学問だけでは到底手に負えないような高度に複雑化した現代社会の課題を解決するために、様々な学問の叡智を結集し学問の枠を超えて研究し、問題解決の糸口を探るための貴重なプラットフォームとなった。
このような学際性を志向する学会という場で異分野の研究者同士が切磋琢磨することが、参加研究者の出自となる学問自体にも革新的なイノベーションをもたらしている。例えば、建築学出身の研究者たちがMERAで心理学的アプローチを習得し、日本建築学会の年次大会や論文誌でも心理学的な研究を次々と発表することで、日本建築学会での環境心理学の存在感が向上し、日本建築学会に常設学術推進組織として環境心理生理運営委員会が設置されるに至っている。
環境心理学の状況とテーマ
上記のとおり、学問の特徴として学際性を有することで、非心理学の多様な学問領域から注目されることに相反して、環境心理学が、社会心理学、臨床心理学、パーソナリティ心理学のように心理学の主流派になることができなかった。その結果、アカデミアに研究者を輩出する役割を果たす心理学系大学院で環境心理学を冠した専攻はほとんど存在せず、心理学プロパーの環境心理学者を組織的に増やすことができないことは、学問の制度化という観点に鑑みて心理学の学問ディシプリンとして環境心理学をより深化する上での看過できない課題といえる。
環境心理学が対象とするテーマは多岐にわたるが、テーマの選定傾向には研究者の出自に大きく依存することには注意を要する。具体的にいえば、建築学を背景とする研究者は、建築関連の事象(例、人工構築環境の心理、学校環境の照明計画、オフィス環境の人間行動デザイン等)を研究対象としがちであり、他方、自然環境の心理、動植物と人間との関係性、環境知覚・認知、環境配慮行動、環境教育等にはそれほど関心がないのが実情である。

環境心理学が学際性を有するがゆえに、環境心理学以外の分野にも関連知見が発表されていることに常に留意することが肝要である。図2は、三阪(2003)が日本環境教育学会論文誌に発表した環境配慮行動の規定因の研究である。「環境問題が重要である」という認知や意識があっても、必ずしも環境配慮する行動に結びつかないことは日常的にしばしば経験することであるが、このような認知・行動不一致の心理メカニズムをこのモデルにより精緻に理解することができる。
マーケティング領域における消費者行動論や行動経済学においても環境配慮行動に関連した重要な研究が多数発表されており、例えば「ナッジ(nudge:そっと後押しする)」は環境配慮行動の促進を意図した環境政策手法に実際に広く活用されている。
「サステナビリティ心理学」の実現に向けて
あらためて説明するまでもなく、サステナビリティは次代の未来社会に構築する上で最重要な概念であり、「心理学」×「サステナビリティ」の座組の探究に積極的に取り組むことが社会から強く要請されている。「サステナビリティ」とは、上述の環境心理学が必要とした学際性よりもさらに踏み込んだトランスディシプリナリー研究(transdisciplinary research, 超学際研究)の視座を要する対象であるが故、同時に求められる心理学の学問ディシプリンとしての専門性の深化にもかなりの困難が予想されるが、近い将来に「サステナビリティ心理学」の成立が大いに期待されるところである。
参考図書
太田裕彦(2013)「環境心理学とは」『環境心理学研究』1(1)羽生和紀(2008)『環境心理学―人間と環境の調和のために』サイエンス社阪和弘(2003)「環境教育における心理プロセスモデルの検討」『環境教育』13 (1)pp.3-14