2023年度に武蔵野大学環境システム学科はサステナビリティ学科へ発展的に改組しました。このサイトでは、環境システム学科における過去の活動記録を紹介します。

一方井誠治教授の「新環境政策論」第9講

環境問題の本質とは

環境システム学入門講義での問い掛け
筆者が勤務している大学では、学部の環境システム学科に入学した新入生に対して、毎年「環境システム学入門」という科目が開講されています。そこでは、専任教員が、それぞれの専門分野を踏まえた最初の講義をそれぞれ2コマ(90分×2)ずつ分担して行います。

私は、その最初の1コマ分で、「環境問題の本質とは何か」という講義を行っています。もとより、この大きな問いに対して、私が完璧な正解を持っているわけではありませんので、実際の講義は、これまで私自身が模索してきた環境問題の本質とは何だろうかという悩みや疑問について、私が考えていることを学生に投げ掛けるということになります。

最初の60分で講義を行い、あとの30分で、その講義の中でどこに興味を持ち、それに対して自分はどう考えたかという小レポートを書いてもらいます。

ちなみに、私がここで学生に投げ掛けるトピックには以下のようなものがあります。

  1. 人間の幸せを形作る要素は幅広くあるが、ものすごく大ざっぱに分けると、人間社会における出来事の中で得られる幸せと、人間が自然と対峙したときに得られる幸せの二つのタイプがあるのではないか。
  2. 例えば、自分の場合、若い頃よくやっていたパチンコと武蔵野三大遊水地の一つの三宝寺池への散策は、ともに幸せをもたらすが、前者の幸せはむなしさが伴い、後者の幸せは満足感が伴う。しかし、実際の選択としては、パチンコを選択する場合の方が多かった。それはなぜなのか。
  3. われわれは、自然を描写した過去の文学や和歌、俳句などを読み、頭の中でイメージを形作るが、そのイメージは自分がかつて経験した自然のイメージを通じてしか再現できないのではないか。
  4. そのため、周りの自然そのものが次第に劣化していく中で、われわれが持つ自然へのイメージというものは、知らず知らずのうちに貧困化しているのではないか。そのことは、自然を維持し復元しようという人間の根本的な活動の動機に影響を与えるのではないか。
  5. 自然保護は大事、緑は重要と一般論では言われるが、現在も進む都市化により、人間は自然から遠ざかり続けているのではないか。多様な昆虫や雑草を含め、実は、人間は各論においては、多様性に富んだ自然があまり好きではないのではないか。
  6. 科学技術は人間の利便性を高め、文明の進歩と捉えられてきたが、核兵器や原子力発電をはじめ、文明の安定性や持続可能性を損なってきているのではないか。文明の進展というものは、常に前よりも良くなっているとは限らないのではないか。
  7. 例えば、現在においてもリニア中央新幹線の建設は良いことであると一般に受け止められているが、現在の新幹線に比べて、移動するのに要する一人当たりのエネルギーが大幅に増えるような技術は、これからの資源・エネルギー効率が重視されてくる時代において本当に歓迎すべきことなのか。
  8. かつて、風呂に入るということは、実際に火をおこし、まきや石炭で湯を沸かすことであったが、現代では、ボタン一つで自動的に浴槽にお湯がいっぱいになる。そのような感覚がすべての場面で広がっていくと、人間と自然との関係を実感として理解することはますます難しくなっていくのではないか。また、その難しさの自覚すら失われるのではないか。
  9. 古代の文明の盛衰を調べると、イースター島の文明の崩壊は、島の自然環境を自らの営みで破壊してしまったことに原因があることがわかってきている。しかしながら、現在の気候変動問題では、ある意味イースター島と同じ状況が起こっており、現代文明が気候変動問題を解決できるめどは立っているとはとても言えないのではないか。

学生の反応
この講義の後のレポートを読むことは、私にとって、いつも大変楽しみであり、心配なことでもあります。なお、学生が私の講義のさまざまなトピックのどこに一番興味を持ったかという点は、結構分かれています。

以下、いくつか今年の学生の反応を紹介したいと思います。

  1. 講義の中で最も印象に残った事項は、自己の環境に対するイメージである。その理由は、時代が変わっていくにつれて環境に対するイメージが人々の中で差が出てくることに興味を持ったからである。(中略)これは非常に深刻な問題であり、人々は気付かないうちに、自分が意図したわけでもなく、環境問題への取り組みが時代を重ねていくにつれてだんだんと妥協した取り組みになってしまうと考えられるからだ。(中略)このような事態にならないためにも、次世代のことを考え、伝えていくことが最良の対策になるだろう。(女子学生)
  2. 私がとくに印象に残った事項は、(中略)パチンコと三宝寺池のことです。(中略)私も一日中ひまな日は、家でゲームをして過ごそうか友だちと公園でスポーツをしようか迷うことがある。家でゲームをして過ごした日は、一日を無駄にした感がすごく残るが、友達と公園でスポーツをして過ごした日は、とても満足感があり、すがすがしい気持ちで一日を終えることができる。この講義を受けるまで、こんなことに疑問すらもたなかったが、講義を受け、自然って大切であると改めて気付き理解することもできた。(男子学生)
  3. 私は、科学技術発展の方向と人間の選択・幸福感について最も興味を持ちました。(中略)世の中はとても便利になりましたが、そのせいか、温暖化や公害などの環境汚染が深刻化してしまいました。そして、スマホやゲームの登場によって、子供たちを中心に自然離れが起こっています。これらを踏まえると(中略)「技術が進歩しても、世の中が進歩しているとは限らない」ということがよくわかります。(中略)もし発展するのなら、より環境に良いものを開発してほしいと思いました。(女子学生)
  4. (最も印象に残ったのは)古代文明の盛衰(イースター文明)です。現在は、メディアなどで技術の進歩がよく取り沙汰され、「もう少しでコンピューターの性能が人間の脳を超える」とまで言われるようになりましたが、技術を発展させる前に、そして「あの頃の自然を取り戻そう」と思い浮かべる自然が劣化してしまう前に、環境破壊を止められる堅牢な社会システムを作らなければならないと思います。しかし、そのようなシステムを作ることができるのか不安でもあります。現代における環境破壊は、昔の公害のように原因がはっきり定まっておらず、「世界中が原因で、世界中が被害を受けている」といえるからです。環境保護のための条約を作っても批准しない国が多ければ意味をなさず、だからといって条約自体を緩いものにしてしまうとパリ協定のように抑止力が低くなってしまいます。(中略)トランプ政権や北朝鮮の傍若無人ぶりを見ていると、やはり人類に残された道は滅亡しかないのではと思ってしまいます。(女子学生)

希望を持てる社会システムの構築を
私の講義に対する学生の反応のいくつかを紹介しましたが、今の学生も、それなりに私の持つある種の危機感を素直に共有してくれており、心強く思っています。いずれにしても、私がこの最初の講義で学生に伝えたい最大のメッセージは、「環境問題は決して自分以外の誰か悪い人が行っている行為によって引き起こされているのではなく、その多くの原因は自分自身にもある」ということをまず自覚してもらうことにあります。

その上で、学生には、新たなライフスタイルを含む意識や価値観の変革、持続可能な社会に向かうための技術の開発・普及、経済を動かす市場ルールの変革など、現実的で、かつ将来に対して希望の持てる、持続可能な社会づくりに向けた勉強を積極的に進めてもらいたいと思っています。

地球・人間環境フォーラム発行「グローバルネット2017年9月号」掲載連載「21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは」の記事を転載

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一方井誠治(いっかたい せいじ)教授のプロフィール

1974年東京大学経済学部卒、75年環境庁(現環境省)入庁、 外務省在米大使館などを経て、2001年環境省政策評価広報課長、03年財務省神戸税関長、05年京都大学経済研究所教授、12年武蔵野大学環境学部教授、15年より武蔵野大学工学部環境システム学科教授 兼 武蔵野大学大学院環境学研究科長。京都大学博士(経済学)。環境庁計画調査室長として、94年版と95年版の環境白書を作成。専門分野は地球温暖化対策の経済的側面に関する調査研究、環境と経済の統合。著書に「低炭素化時代の日本の選択-環境経済政策と企業経営」など。