スカシシリアゲモドキにおける「高山型」並行進化 (研究成果報告)
鈴木智也 (武蔵野大学非常勤講師, 信州大学理学部博士研究員)
(2008年度 武蔵野大学人間関係学部環境学科卒業)
先日、論文がアメリカの科学雑誌「Molecular Ecology」に掲載されました。「Molecular Ecology」は分子生態学分野でよく引用される雑誌の上位10%以内にランクしている国際的に権威ある雑誌です。
Tomoya Suzuki, Nobuo Suzuki, Koji Tojo (2019)
Parallel evolution of an alpine type ecomorph in a scorpionfly: Independent adaptation to high‐altitude environments in multiple mountain locations
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/mec.15119
この研究はスカシシリアゲモドキ (シリアゲムシ目, シリアゲモドキ科) という昆虫を対象にしています。スカシシリアゲモドキは本州・四国・九州の広域に分布する昆虫で、基本的に山地に生息しています。また、本種のメスには翅の長いタイプ (普通型 general type) と翅の短いタイプ (高山型 alpine type) が存在することが知られていました。「高山型」は中部山岳域や八甲田山 (青森県) といった限られた地域の高標高域 (「普通型」が出現するよりも高い標高帯) でのみ確認されています。また、オスの翅はいずれの標高帯においても長いのですが、「高山型」のメスが出現する地域では交尾器などの形態から「普通型」と識別可能なオスが出現することが知られていました。このことから、「普通型」と「高山型」は別種なのではないか?ということが先行研究で指摘されていました (市田・中村, 1991)。そこで本研究では、両タイプの遺伝子を比較することで「普通型」と「高山型」が別種であるか否かを突き止めることを目的としました。
このような背景から、私たちは全国各地から「普通型」と「高山型」のスカシシリアゲモドキを採集してきて、ミトコンドリア遺伝子 (COI, COII, 16S rRNA領域) と核遺伝子 (EF1-α, 28S rRNA領域) の比較を実施しました。その結果、「高山型」は中部山岳域と八甲田山 (青森県) で独立並行的に、少なくとも2回進化したということが示唆されました。つまり、「高山型」は先行研究が指摘していたような別種ではなく、高山の厳しい環境に適応した「生態型 (エコモルフ)」であるということが明らかになりました。スカシシリアゲモドキの「高山型」のように、似通った形態的特徴を持つ生きものが別々の場所で独立並行的に進化することを「並行進化 parallel evolution」と言います。並行進化は進化生物学的にとても面白い現象で、これを明確に示したことが高く評価され、権威のある国際誌に論文を受理していただけたのだろうと思います。
今後は次世代シーケンサーを駆使した「普通型」と「高山型」の遺伝子発現の比較、「高山型」の別系統間での遺伝子発現の比較などを実施することで、どのような遺伝的基盤によって「高山型」が進化したのか?というところまで明らかにできると面白いと考えています。
本研究の内容は下記サイトでも紹介されています。
EurekAlert!
https://www.eurekalert.org/pub_releases/2019-07/su-tpe070719.php
引用文献
市田忠夫・中村剛之 (1991) 青森県の長翅目. Celastrina. 26, 27-41.